大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(オ)662号 判決

東京都渋谷区原町九番地

上告人

加藤熊雄

東京都大田区雪ケ谷町九五五番地

上告人

加藤誠明

右上告人両名訴訟代理人弁護士

福井盛太

飯塚信夫

吉田勧

埼玉県入間郡毛呂山町大字毛呂本郷三八番地、毛呂病院長

上告人

丸木清美

右上告人三名訴訟代理人弁護士

紺藤信行

芝芳雄

塩田親雄

富山県東礪波郡庄川町金屋九七三番地

被上告人

島田三郎

右訴訟代理人弁護士

中野清重

島崎良夫

富山市総曲輪、堀地病院内

被上告人

加藤金次郎

右訴訟代理人弁護士

中野義定

伊藤利夫

田之上虎雄

重山徳好

島崎良夫

中野清重

古屋東

高井千尋

右当事者間の人身保護請求事件について、富山地方裁判所礪波支部が昭和三一年七月一二日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告申立があり被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を富山地方裁判所に差戻す。

理由

上告代理人塩田親雄の上告理由第五点、同追加上告理由第七点、同紺藤信行の上告理由第二点及び同芝芳雄の上告理由第一点について。

人身保護法による救済請求事件の審問に基く判決において事実を認定するには、それが当事者間に争がないこと、または、争ある事実については法廷に顕出せられた或疎明によつてこれを認めることの理由を必ず判示しなければならないことは同法一五条、二三条、人身保護規則四六条の規定に照らし多言を要しない。しかるに、原判決理由を見るに、原判決は、保護請求を理由ありとする事実として認定した事実の大部分についてはそれが当事者間に争がないこと或は或疎明によつてこれを認めることの理由を全然判示するところがない。すなわち、原判決理由中の「被拘束者は昭和三〇年一〇月一四日より富山県立中央病院に入院し、昭和三一年六月二五日毛呂病院え拉致されるまで在院し、この間時折映画の鑑賞をなし講演にも出かけ、知人の来訪もあり、また自ら外出知友を訪ねるなど普通の精神状態の者と同様の生活をして来たが、その精神状態に格別の悪影響がなかつた。しかるに拘束者熊雄等は数名の暴漢を引き連れ本年六月二五日被拘束者の病院に侵入し被拘束者に腕力を行使して毛呂病院へ身柄を奪取して立去つた。」「被拘束者は昭和三〇年九月二六日毛呂病院より一週間の外泊許可をうけて外出したほどの軽度の精神障害者である。被拘束者は昭和三〇年九月二六日毛呂病院より外泊許可を得て出所してより今次不法拘束にいたるまでの間拘束者毛呂病院長の診察をうけていない。」「当時被拘束者は富山県立中央病院の精神科特室にて現に治療をうけていた。」「東京家庭裁判所より拘束者熊雄は被拘束者の保護義務者に選定せられたのは昭和三〇年一〇月二日である。」「被拘束者は軽微な精神障害者であるが他に害悪を加えるような狂暴性なく、また他より保護を加へないと自らの意思により事を処理することは能はざるような精神病者でもない。しかるにこの天才的一偉材を父に持ちながら、その莫大の財産をことごとく我がものにせんとの物慾に眩惑して、老父を精神病治療の美名の下に暴力を加へても毛呂病院に再び拉致した。」「これが野望に加担協力して憚らざる拘束者毛呂病院長丸木清美もまた同罪の悪徳不法な行為である。」との事実の認定については、これを当事者間に争がないから認めるとも、又、いかなる疎明によつて認めるとも全然判示するところがない。してみれば、この点において原判決は当事者間に争ないことを判断しないで、若くは争ある事実につき疎明によらないで、事実を認定したという事実認定の法則若くは証拠法則に違反し、判決に必要な理由を附けない違法あるものというべく、所論はいずれも右違法の主張を含むものと解せられるから結局理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつてその余の各上告代理人並に上告人加藤熊雄本人の論旨に対する判断を省略し、人身保護規則四六条、民事訴訟法四〇七条により原判決を破棄し本件を富山地方裁判所(本庁)に差戻すべきものとし裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三)

昭和三一年(オ)第六六二号

上告人 加藤熊雄

外二名

被上告人 島田三郎

外一名

上告人代理人塩田親雄の上告理由

第壱点 人身保護法第二条によれば「法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者は此の法律の定めるところによりてその救済を請求することが出来る」とあり又人身保護規則第四条には「法第二条の請求は拘束又は拘束に関する裁判若くは処分がその権限なしにされ又は法令の定める方式若くは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限りこれをすることが出来る。但し他に救済の目的を達する為に適当な方法があるときはその方法によつて相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければこれをすることが出来ない」と規定されていて法律は人身保護法乃至人身保護規則によつて救済するについては極めて厳格に且重大な制限附を以てなさる可きものであつて一たん適式に精神衛生法其他の法令によつて精神病者として認定され法令の定める監護に附されたる者に対し之が釈放せんとする場合はとかく簡単に容易に之れを許さる可きものでないことは前掲人身保護法、人身保護規則の法文の文理解釈に徴し極めて明白である。

仍つて本件に付按ずるに

(イ) 被拘束者たる加藤金次郎が精神分裂症者でいわゆる精神障碍者であつて精神病院に於て監護すべき必要のある者であることは昭和三十一年七月十一日拘束者等代理人弁護士紺藤信行、芝芳雄提出の陳述書一の(一)乃至(十三)の各事実及行為の存在するに徴し明白であつて此点は拘束人等が原審へ証拠として提出した疏第一号証(キリストは照覧し給うと題するパンフレツト)、疏乙第二号証(大牧発電所強奪の依命通牒無効確認請求訴訟と題するパンフレツト)、疏乙第三号証(吉田内閣日発ラツキー・チエンの犯罪暴露と県営電気の復元と題するパンフレツト)、疏乙第四号証(法治国家の崩壊世紀の大犯罪日発を糾弾すると題するパンフレツト)、疏乙第五号証(アメリカ五大湖干拓、大国カナダ開拓、満洲の開拓と題する冊子)、疏乙第六号証(東京家庭裁判所裁判所書記官補山口市雄の証明書、同号証添付の昭和三十年十月二日付毛呂病院長医師丸木清美の「病名精神分裂症(妄想型)」と記載の診断書)、疏乙第七号証(昭和三十一年二月十七日付東京家庭裁判所裁判所書記官補山口市雄作成証明書並に同号証添付の東京都立梅ケ丘病院医師斎藤徳次郎作成の昭和三十年十月十一日付「病名精神分裂症、右疾病の為入院加療することが望ましい」と記載されてある診断書)、疏乙第十号証(富山県立中央病院医師佐々木重行作成診断書)、疏乙第十一号証(昭和三十一年七月八日付医師丸木清美作成診断書並に昭和三十一年七月八日付毛呂病院長丸木清美診断書と題する書面等の各証拠)並びに原審証人佐々木重行の証言を綜合すれば被拘束者加藤金次郎が所謂精神分裂病者であることは極めて明白である。

而して精神衛生法第三条には「此の法律で精神障害者とは精神病者(中毒性精神病者を含む)、精神薄弱者及び精神病質者をいう」と規定されているから被拘束者加藤金次郎は固より精神衛生法にいわゆる精神障害者であることも極めて明白である。而して本件被拘束者加藤金次郎の長男熊雄、長女永田一枝、次女大田百合、次男加藤誠明等が昭和三十年十一月二日東京家庭裁判所へ対し右加藤金次郎を精神衛生法による精神障害者なりとして審判を仰ぎ長男加藤熊雄が精神衛生法に基く保護義務者として選任されたことは疏乙第八号証(審判書)によつて明白である。而して精神衛生法第二十二条によれば保護義務者は精神障害者に治療を受けさせるとゝもに精神障害者が自身を傷付け又は他人に害を及ぼさないように監督し且つ精神障害者の財産上の利益を保護し又精神障害者の診断が正しく行なはれるように医師に協力しなければならないし又保護義務者は精神障害者に医療を受けさせるに当つては医師の指示に従はねばならない法律上の義務を負担されている。仍つて精神障害者加藤金次郎をして医療せしむるについては保護義務者たる加藤熊雄に於て自ら適当なる医師を指示し且つ入院せしむべき病院を撰択し治療せしむべき方法を講ずる等の法律上の権限と義務を負うものである。

仍つて加藤熊雄は右東京家庭裁判所の審判に基いて疏乙第九号証覚書にもある如く昭和三十一年七月四日埼玉県入間郡毛呂山町大字毛呂本郷三八毛呂病院に入院加療の手続を取つたのである。而して毛呂病院が明治二十五年創立され昭和十二年内務省より精神病院法による埼玉県代用精神病院に指定され昭和二十五年五月精神衛生法の施行によつて同法による指定精神病院となり現在に至つているもので従来の財団法人を社会福祉法人に組織変更され土地面積二万五千九百三十五坪、建物六十五棟、此延坪数三千三十八坪、職員数二百五十九名に及ぶ医療施設完備の有名精神病院なることは疏第十三号証により明かである。従つて保護義務者加藤熊雄が前記毛呂病院を指定して精神障害者加藤金次郎を入院加療せしめたるは精神衛生法による保護義務者として当然為す可き正当の権限に基き為したものであつて又保護義務者加藤熊雄が毛呂病院より無断脱走したる入院中の患者加藤金次郎を再び富山県中央病院から毛呂病院へ連れ戻し入院加療せしめたることも極めて正当であつて法律上正当業務による行為であつて何等人権侵害乃至違法行為ではない。疏第十五号証の富山新聞に記載されてある谷道富山署長談にも「加藤さんの友人達から保護願いが出ており同氏が連行された事について不法行為がなかつたかを調査したが当の保護義務者である子供さんや医者、それに看護婦迄連れて保護療養の為連行されたのだから止むを得ない措置だと思う」と述べている通り保護義務者加藤熊雄の行為としては正当権限である。然るに原審は上告人加藤熊雄、加藤誠明の為した行為は違法なりとし被拘束者を直ちに釈放する判決を為したるは精神衛生法の適用を誤り且つ人身保護法を不当に適用したるいわゆる法令の違背あるものとす。

第二点

一、民事訴訟法第二百七条によれば「決定及命令には其性質に反せざる限り判決に関する規定を準用す」とありて同法第百九十一条には「判決は主文、事実及争点、理由、当事者及法定代理人、裁判所を記載し判決を為したる裁判官之れに署名捺印す」とあるを以て昭和三十一年七月十二日の原審審問期日に於ける拘束者側代理人の為したる裁判官大島三佐雄に対する裁判官忌避申立に対する却下の裁判についても少くとも裁判所に於ては忌避申立を却下する理由をつげなければならない。原審審問期日調書(第二回)により明らかなる如く裁判官は「右拘束者等代理人申立の裁判官忌避は却下する旨の決定を為す」とあつて却下理由の開陳をしていない。

拘束者側代理人の忌避申立の理由は忌避申立書に明らかなる如く大島三佐雄裁判官に裁判の公正を妨ぐ可き事情ありとしてこれが忌避申立をしたるものであつて忌避の申立あつた時はその申立に付ての裁判の確定に至るまで訴訟手続を停止すべきこと並びにこの忌避申立の裁判は忌避の事件本人たる大島裁判官が之れを為すべきものではなくしてその裁判官所属の裁判所が之れが忌避申立の理由ありや否やを裁判すべきであると主張した。然るに大島裁判官は単に忌避申立却下すとの決定を告げて何等其却下の理由を告げなかつた。人身保護規則第十二条には「裁判所が除斥又は忌避の申立が手続を遅延させる目的のみで為されたことが明らかであるときは決定でこれを却下しなければならない」とあつて忌避申立が手続を遅延させる目的のみで為されたことが明らかなる場合に限るものであつて少くとも裁判官に裁判の公正を妨ぐ可き顕著なる事由がある場合には之れを忌避し得べきはもとより当然であつて人身保護法事件に限りどんな偏頗な裁判を為す虞れあり裁判の公正を妨ぐる裁判官でも忌避申立が出来ないと言う理由はない。況んや事人権に関する裁判手続に於ては尚更らである。拘束者代理人は明らかに裁判の公正を害する虞あるものとして民訴の忌避の申立の規定によつて忌避申立を為したのであるから裁判所は人身保護規則第十二条によつて「拘束者代理人の忌避申立は手続を遅延せしむる目的のみで為されたことが明らかであるから決定で却下する」と其却下決定の理由を口頭又は書面で開示せねばならない。原審干与の大島裁判官は自ら即刻法廷に於て単に忌避申立を却下すると宣し何等却下の理由を開示せざるは裁判に理由を附せざる訴訟手続に関する法令に違背するものとす。

二、而して本件の如く忌避の申立があつたときは其の申立に付ての裁判確定に至る迄判決を為すことが出来ないのであつて忌避申立ありたるに拘らず判決を為したときは該申立は当然其の理由を失うもこの違法は該判決に対する上訴の理由として主張することを得るものであつて此場合に於ては上訴審は忌避申立の理由あるや否やに付審査することを要するものであるから此点に於ても大島裁判官の為したる原判決は違法であつて破毀を免れないものである。

(昭和五年八月二日大審院判決、第九巻七五九頁)

第三点 民事訴訟法第一八九条によれば「判決の言渡は判決原本に基き裁判長主文を朗読して之れを為す」とあつて同法第百九十一条には「判決には左の事項を記載し判決を為したる裁判官之れに署名捺印することを要す、一、主文、二、事実及争点、三、理由、四、当事者及法定代理人、五、裁判所」云々とあるから裁判官が判決を言渡す際には既に其原本が作成されていなければならない。

而して判決を為したる判事の署名捺印を具備せざる判決原本に基いて為されたる言渡は判決の手続が法律に違背する場合に該当することは嘗て大審院の判示する処である。

(昭和十一年十一月二十七日大審院判決、一五巻二一〇二頁)

而して本件に於て原審の裁判官大島三佐雄が判決を言渡したのは昭和三十一年七月十二日の午后十時前后の刻であつて各証人審問終結后休廷することなく直ちに其場で鉛筆書きのやうなものを見て判決を言渡してゐる。無論裁判官の正式署名捺印ある判決原本は作成する事もなく当時書記の証人訊問調書すら出来てゐないのであるから判決も出来得可き筈もない。(書記の調書は其后三、四日后になつて始めて作成され判事の署名を得てゐるもので大島裁判官が実際判決原本を作成したるは判決言渡后数日后であり該判決言渡当時は判決原本が存在してゐなかつたことは極めて明瞭な事実である。)

此点は本訴提出の昭和三十一年七月十三日午后四時三十分富山地方裁判所礪波支部に於て作成された弁護士芝芳雄の証明書によつて明白である。

則ち原判決は判決原本に基ずかずして為されたもので言渡は判決の手続が法律に違背してゐるもので当然破毀を免れざるものとする。

第四点 訴訟当事者に対し適法に言渡期日を告知せずして当事者不出頭のまゝ為されたる判決の言渡は違法であつて其言渡されたる判決は全部破毀を免れざることは嘗て大審院判決の示す処である(昭和二年(オ)第三〇七号同年十月七日判決)。従つて言渡期日の指定もなくその告知もされない期日に於いて判決の言渡をするのは違法である。(昭和六年(オ)第三〇一七号同七年六月二日大審院判決)

而して本訴訟記録によれば本件に於て原審が判決を為したるは昭和三十一年七月十二日午后十時頃であつて当時裁判官大島三佐雄が拘束者側代理人三弁護士並に拘束者全員に対し不法にも退廷を命じて在廷し居らなかつたのであるから右判決の言渡は予め期日指定なくし突如為されたもので上告人等は判決言渡の期日を予め告知を受けてゐないのである。

右は全く判決言渡期日の指定なく為されたものに該当する。斯る場合裁判所は当事者の一方不出頭のまゝ口頭弁論を終結し判決言渡期日を告知しないで当事者不出頭のまゝ判決を言渡すのは違法である。

此点に於て原判決は全部破毀を免れない。

第五点 当事者双方から提出せる証処に依り事実を確定すべき場合に於て其一方が提出した証拠のみに依拠し他の一方が反証として提出せる証拠を全部逸脱して事実を確定したるは訴訟手続に違反せる裁判にして破毀を免れざるものとす。而して本件に於て加藤金次郎が精神分裂病者であることは上告人提出の疏乙第六号証の診断書(昭和三十年十月二日付丸木清美診断書)、疏乙第七号証(東京都立梅ケ丘病院医師齊藤徳次郎作成診断書)、診断書(昭和三十一年七月八日付丸木清美作成診断書)等の各記載によりて充分に疏明し得る。

然るに原審は乙第十一号証の診断書を措信し難しとして上告人の抗弁を排斥したのみで其他上告人が反証として提出せる叙上疏乙第六号証、疏乙第七号証等の「精神分裂症」と明確に表示されてゐる有力なる証拠に触れず判断の資料にさえ為しおらざるは上告人の反証として提出せる証拠を全然遺脱して事実を確定したものであつて訴訟手続に違反せる裁判なりと謂う可く破毀を免れざるものである。

而かも前記疏乙第六号証、疏乙第七号証等は相手方に於て其成立を認める処であるから斯る成立に争なき書証を其儘何等判断の資料に措しないで、其儘放任して置くが如きは違法であつて書証の記載そのものに反する判断をするには其理由を説示して何が故に右書証を判断の資料に供し難いかを説示しなければならない。原審は慢然この手続を採らずして上告人の有力なる書証を排斥して上告人に不利なる判断を為したるは失当である。

(昭和四年(オ)第一〇九五号同五年三月十日大審院判決、大正十年(オ)第九八五号同十一年四月一十八日判決、昭和四年(オ)第二九号同年六月一日大審院判決)

第六点 原判決は昭和二十九年九月十二日被拘束者を毛呂病院へ入院せしめ昭和三十年九月二十六日まで在院なさしめた拘束者等の行為は違法である旨判示してゐるが右は全く原審裁判官の誤つた独断である。精神病者を入院せしむるに際し病者本人が不当に入院を拒否せんとする場合注射を施して強暴を抑へ無抵抗に入らしめて病院へ連れて行く事は普通精神病医師として許されたる正当職務行為であつて斯る精神病者を対象としての医療行為の一環として当然許さる可き手段であるから此の一事を以て違法なりと謂う事は出来ない。

又原判決は加藤金次郎は精神障害者なりと仮定しても強制的に入院させるときは精神衛生法第三十三条に定める保護義務者の同意による入院手続をせねばならないとあるも精神衛生法第二十条には扶養義務者が保護義務者となる旨の規定があつて本件拘束者熊雄は精神障害者加藤金次郎の長男であるから当然保護義務者たる資格を備えてゐる。それ故に一時応急措置として精神病院へ入院加療せしめ然る后家庭裁判所へ申請して保護義務者たる審定を受けることも当然あり得べき適宜の処置であつて右入院中保護義務者たる資格を取得すれば良い訳である。必ずしも精神病者に対する保護義務者としての資格を先ず得てから始めて精神病院へ入院せしむることが出来る所以のものではない。殊に精神病はおほむね突発的に発生し偶発的に強暴性を帯びるものであるから必ずしも裁判所に於て保護義務者たる審判を受けてから始めて之れを措置するが如き裕長なる暇も無きものであることは当然の事理である。此点に関する原審判決の見解は誤謬である。而かも一方精神衛生法第三十四条には「精神病院の長は診療の結果精神障害者の疑があつて其診断に相当の時日を要するものと認める者を其の扶養義務者の同意ある場合は本人の同意なくとも三週間を越えない期間仮に精神病院へ入院させることが出来る」とあつて一時扶養義務者たる上告人等の依頼によつて入院せしむることも可能である。而かも被拘束者を退院せしむる時期については精神鑑定の結果をまつて之れを為すべきものであつて病状によつては相当長期間精神病者の挙動等を勘考し精神鑑定も継続せねばならない場合もあり得るを以て精神病院の職務行為として病院に相当期間入院せしむる権能も与へられてゐる。而して県の代表精神病院たる毛呂病院では法定の事項を地方長官へ届出すべき義務を負はされているのであるから不当に人権を侵害するが如きことは断じてない筈である。然るに原審は毛呂病院への入院手数は違法なるが如く判断したるは事の真相を究めずして徒らに被拘束者加藤金次郎を擁護せんとの私情より出でたるものであることは極めて明白である。此点は原審判決文の書き振りを見ても口を極めて拘束者(上告人)等を罵詈雑言を為してゐる点を見ても明らかである。仮令被拘束者加藤金次郎との間に原審大島裁判官が忌避申立書記載の如き特別なる眤懇の関係にありとするも公私を区別し感情に走らず厳正公平に審理裁判してこそ世人の信頼と尊敬を受く可きもので原審裁判官は裁判官としての基本的人格欠如してゐるものと謂はなければならない。

此点は原判決は被上告人の主張せざる上告人等を誹謗する野卑なる言辞を弄して判決文中に使用してゐる点に徴し原審裁判官の偏頗なる感情が原審の裁判に働いてゐる証左歴然たるものがある。貴庁に於かれては事実の真相を究むるため斯る不公正なる原判決を破毀し相当裁判相成度きものである。

以上

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